「準備」の重要性は、オンライン面談も対面も変わらない ―産業医・三宅 琢先生―

 今回お話を伺った三宅 琢先生は、産業医・労働衛生コンサルタント・メンタルヘルス法務主任者として多数の企業の産業保健の現場で活躍するほか、東京大学未来ビジョン研究センターデータヘルス研究ユニットの客員研究員としてデータヘルスや健康経営の実証研究も進めるなど、幅広い分野で活躍されています。また、新しい取り組みとしてチーム方式(複数の産業医や専門職でチームを構成し、企業の相談に応じて最適な専門家が支援する形)の産業保健活動も推進されています。  新型コロナウイルスの感染拡大で引き起こされたいわゆる「コロナ禍」によって、リモートワークが推進されるなど、働き方は大きな変化に直面しました。出勤というルーティンが減少する中、三宅先生は「健康を維持できるような行動ルーティンを自分自身で整えることが重要」と指摘します。  産業保健活動でも、従来は対面で行っていた面談や保健指導がオンラインに切り替わり、新しい対応が求められています。以前からオンラインを活用した産業保健活動に取り組んできた三宅先生から、産業保健スタッフに必要な準備や工夫、産業保健活動での保健師・看護師への期待などを伺いました。

お話をうかがった人

三宅 琢 先生
医師/医学博士/眼科専門医/日本医師会認定産業医 労働衛生コンサルタント/メンタルヘルス法務主任者 東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員 三宅 琢 先生  眼科医として大学病院や市中病院での臨床を経た後、2014年に株式会社Studio Gift Handsを創業。産業医としての活動のほか、眼科医としての視覚障害者・発達障害者のケア、社会医としての活動など多方面にわたり活躍されています。  特に産業医としては、IT企業や人材派遣会社など多くの企業との顧問契約のほか、産業医や専門職がそれぞれの得意・専門分野を生かして顧問企業のニーズに応じた支援ができるようチーム方式の産業保健活動も実施されています。また、産業医の選任が義務付けられていない50人未満の事業場の支援にも積極的に取り組んでおられます。

1 オンライン面談は「準備」が全て

 オンライン面談の最大のメリットは言うまでもなく、移動が不要になり、時間を短縮できることです。遠隔の対象者とも面談が容易になり、1日に対応できる件数も増えます。  一方、面談・保健指導を行う産業保健スタッフ側に問われるのは「オンラインで対象者とつながる限られた時間を最大限活用するために、どれだけの準備ができているか?」ということです。準備が疎かであれば、対象者にとって「これは何の場だっけ?」という白けた時間になりますし、適切に準備できていれば、高い満足感をもたらすことができます。  私が大切だと考える準備は次の3点です。
三宅先生のオンライン面談環境 三宅先生のオンライン面談環境、さまざまな機器を活用
1)環境設定  これはオンライン面談に欠かせない、カメラ・マイク・インターネット回線などの環境設定です。  たとえば、カメラの解像度が低かったり、インターネット回線が弱くて映像や音声が途切れたりすると、対象者は不快な上に話も入ってきません。こちらの表情がよく見えて、音声もクリア、安定した回線環境を整えることは基本中の基本です。 2)上長や人事からの情報収集  ここでいう情報とは、健診結果はもちろんのこと、過去の面談履歴、残業時間、上長の懸念や人事的なエピソードなども含みます。  上長の懸念の例としては「勤怠は乱れないが、オンライン会議の入室時間がギリギリになった」「以前はオンライン会議で顔出ししていたが、最近は全く顔出ししない」などの情報、人事的なエピソードの例としては「入社半年で休職経験あり」「過去に所属した全ての部署で“上長からハラスメントを受けた”と主張」などの情報を、事前に入手しておくことが大切です。  体調面に不安のある従業員については上長や人事も心配しているので、協力をお願いすればスムーズに情報収集できるでしょう。 3)セルフモニタリングの依頼  リモートワークが恒常化している企業においては、対象者の普段の健康状態に関して、上長や人事から情報を得ることは困難です。出勤がなくなったことで従業員の管理・モニタリングは難しくなり、健康問題は自己管理の比重が増しているからです。  そこで産業保健スタッフができる工夫としては、対象者にセルフモニタリングをお願いすることです。例えば、対象者が睡眠について気になっている場合、面談前の1週間に無料の睡眠アプリで睡眠状態を計測してもらいます。そして、計測結果のスクリーンショットを事前に送ってもらえば、オンライン面談前に課題を把握でき、何を伝えれば良いのかがわかります。  対象者の課題が睡眠なら睡眠アプリ、運動なら歩数計アプリなど、現在は無料のアプリでモニタリングが容易にできます。アプリは無料のもので十分です。計測の精度が重要ではなく、対象者が自身の状態を認識できるエビデンスを可視化することに意味があります。  このようなエビデンスは対象者の行動変容に効果的です。例えば、睡眠に課題のある対象者に「寝酒よりも睡眠薬の使用をおすすめします」と伝える際、モニタリングの結果から得られた「お酒を飲んで寝た日の睡眠の波形は良くないですよね」というエビデンスがあるかないかで、対象者の納得感は大きく変わってきます。  以上3点、オンライン面談の満足度を高めるための準備のポイントを挙げました。  面談・保健指導の時間は30分程度。その限られた時間で、産業保健スタッフの目指すゴールは対象者に行動変容を起こしてもらうことです。「今日はどうなさったのですか?」からスタートしていては、時間が足りません。産業保健スタッフは面談が始まる前に、何が対象者の課題で、何を伝えれば良いのかわかっている状態を準備することが大切です。そして、面談の30分間では、対象者と一緒にアクションプランを立て、対象者自身が納得感を持ってPDCAを回せるようにするためのハウツーを教えることに専念できれば、きっと満足感の高いオンライン面談ができるはずです。  ここでよく聞かれる質問は「オンライン面談だと、共感的態度やコミュニケーションスキルが重要ではないか?」ということです。  もちろん、それらのスキルは価値があります。ただ、やはり対象者も目的があって面談に臨んでいるわけで、目的を達成できなければ、いくら話し方がきれいでも意味がありません。  優先順位としては、まずコミュニケーションの進め方を事前に想定して準備をしっかり行うことがコアスキルであり、余裕があれば、目線を合わせたり頷きのスピードを工夫したりする周辺スキルを磨いていくと良いでしょう。

2 産業医・保健師は「健康メディア」として身近な存在に

 さらに面談の効果を高める方法として、私は産業保健スタッフが普段から従業員に親近感を持ってもらえるよう「健康メディア」となる取り組みを進めています。従業員からすると、産業医・保健師は“専門家”であり、決して身近な存在ではありません。産業医・保健師がいきなり専門家としてアドバイスするのではなく、まずは等身大の“個人”として日常的な出来事や体験談などを話しながら共感を得やすい関係性をつくり出せれば、従業員にとってより身近な存在になれるのではないでしょうか。  具体的に私の場合は、産業医を担当している企業の昼休み時間に、私と保健師で動画配信ライブを行っています。例えば2021年1月の配信では花粉症を取り上げましたので、一部紹介します。
私「保健師も花粉症で苦労していますか?」 保健師「もちろん、めちゃくちゃつらいですよ…」 私「どういった点に注意しているんですか?」 保健師「私の場合は…」
といった感じで、ひたすら“個人”として雑談した後、最後に「というわけで、最新の花粉症対策として何に注意するかというと…」と“専門家”のアドバイスを紹介します。そして「花粉症の治療はこんなに進んでいるんですね!」と、まるでテレビ番組のように“個人”としてのコメントを添えて終わります。  このようなやりとりを、従業員の皆さんは昼食をとりながらなんとなく観ているわけですが、実は無意識のうちに私と保健師のキャラクターが浸透している点に価値があります。  定期的に動画配信ライブを観るうちに、これまで遠い存在だった産業医や保健師が身近になっていきます。その結果、最近はQ&Aサイトに投稿するかのように「部下の管理に困っています…」「運動しているのになかなかやせません。どうしたら良いですか?」といったお悩み・質問が、従業員の皆さんから私たちのもとへ集まるようになりました。その声が次の動画配信のテーマになるという好循環が生まれています。  では、この取り組みが、オンライン面談にどのような効果をもたらすかというと、2つのメリットがあります。 メリット1)面談で会ったときに親近感がある  前章で、30分の面談のスタートが「今日はどうなさったのですか?」から始まっていては時間が足りないとお伝えしましたが、同様に「はじめまして」とゼロから心の距離を縮めていくのも時間が惜しいです。  「健康メディア」の取り組みを通して、対象者が産業保健スタッフの顔を知っていて親近感を抱いている状態であれば、面談のスタートは「先生、いつも観ていますよ」から始まり、こちらの説明を省いて本来話したいことに時間を使うことができます。 メリット2)自分の健康状態に関心を持ってもらえる(不調の声が上がってくる)  リモートワークによって、健康問題の自己管理の比重が増すと、自立して健康管理を行ってもらうことが重要になります。  「健康メディア」の取り組みで入り口を広げ、日ごろから健康を維持できるような行動ルーティンを意識させる教育や健康リテラシーを向上させる教育を行うことで、意識と知識が底上げされ、面談のスタートラインが一歩有利になります。さらに、皆が自分の健康に関心を持つようになれば、セルフチェックが働きやすく、ちょっとした健康の変化も見過ごさず、不調を訴えることができる文化も醸成できます。
動画配信ライブを実施 「健康メディア」として従業員向けに動画配信ライブを実施

3 オンラインならではの「ニヤリホット」事例を現場から拾う

 ここまでオンライン面談の事前準備の重要性をお伝えしましたが、コロナ禍で社会のオンライン化が急速に進む中で、その対応に関しては、企業も従業員も産業保健スタッフも皆、試行錯誤の段階です。私も同様です。  しかし、この1年で、オンラインならではの工夫・コツが蓄積されているのも事実です。効果的な事例を現場から拾い集め、管理職を中心とした従業員に発信・広げていくプロセスにも産業保健スタッフの活躍の余地があると思っています。  私が実際に取り組んでいることとしては、毎月の衛生委員会の中で「ヒヤリハット」と「ニヤリホット」の事例収集があります。「ニヤリホット」とは、思わず“ニヤリ”と笑顔になったり“ホッと”したりする好事例です。  リモートワークになり、リモートコミュニケーションにおけるニヤリホット事例が必ずあります。例えば、ある部署の上長の評判が良ければ、その部署のメンバーに「他の上長さんと何が違うんですか?」と聞くと、ニヤリホット事例が出てくることもあります。  例えば以下の2事例は、私が各所におすすめしているものです。 好事例1)月曜朝一は全員顔出しミーティング  週の始め、月曜朝のオンラインミーティングは必ず全員顔出ししてもらい、自分の話をしたり週末の学びを共有したりする時間を設けることで、リモートワークでドライになりがちなコミュニケーションを補完する工夫です。管理職にとっては、定期的に部下の表情や言動を見る機会もつくれます。  毎日出社していたときは自然にできたことですが、リモートワークになると、曜日や時間を決めて意識的に行うことがポイントになります。 好事例2)3分前に会議を終了し、上長は最後に退室する  私は管理職の皆さんに「30分のミーティングならば27分くらいで終了し、上長は最後に退室してください」とお願いしています。3分前に会議を終えて余白時間をつくることで、ミーティングが詰まっていてトイレにも行けない状況を改善できます。  もう一つ大きなメリットとしては、会議後に上長が「何かある人は声をかけてね」と残っていることで、部下は「ちょっと相談がありまして…」というコミュニケーションが取りやすくなります。上長からすれば、わざわざ1 on 1ミーティングを設定しなくても、部下の声を聞く機会をつくることができます。  イメージとしては、対面の会議でも、会議中より会議が終わった後の廊下を移動する時間に有意義な話ができた、という経験はありませんか。オンラインで同じ体験を生み出すためには、意図的に余白時間をつくることが効果的です。  このような事例が、現場に転がっていますので、ぜひ拾い集めて展開してください。  また昨今、無料のオンラインセミナーが多数開催されているので、参加者として体験してみることもおすすめです。満足度の高いセミナーと低いセミナーで何が違うのか考え、良い点を真似してみるのも、お金をかけずにできるスキルアップです。

4 オンライン化で活躍するのは保健師・看護師

 私が今後、産業保健の世界で一層の活躍を期待しているのは、保健師・看護師です。  各職種の役割を考えると、私たち産業医は判定者です。復職して良いかなどの判定権限を持ち、責任を負うのが仕事です。一方、保健師・看護師の仕事は“判定”ではなく“ケア”することで、産業医とはスタンスが全く違います。  産業保健の現場で大事なことは“判定”よりも、環境調整したり、アドバイスしたり、傾聴したりする“ケア”の部分です。そこで最も活躍できるのは、産業医よりも保健師・看護師だと考えています。  今回お伝えしてきた準備や工夫は、ケアに近いものであり、産業医よりも保健師・看護師に向いている仕事です。もっといえば、産業医にここまで求めるのは難しいと思われます。  現状、法的に一定の規模以上の事業場には産業医の選任が義務付けられていますが、保健師・看護師は義務付けがないといった課題はありますが、いずれ世の中の認識は「現場で本当に必要なのは保健師・看護師だよね」というふうに変わってくると思います。特に従業員数が50人に満たないような小規模事業場においては、産業医よりも保健師・看護師のケアのほうが重要です。  世の中の認識、法律が変わっていけば、オンラインを含めて保健師・看護師の活躍の場が増えていきます。その中で、例えば産業保健スタッフのチームをつくることで、子育てや介護もしながら1日数時間だけ保健師・看護師の仕事をする人が増えてくると、人手不足も解消されると思っています。  保健師・看護師のオンライン面談・保健指導が広がり、対処に迷うときは産業医と協力する体制がスタンダードになれば、皆にとって喜ばしい状態といえるでしょう。  現場のニーズに合った産業保健スタッフの働き方をつくり出し、提供できるかどうかが、私にとって今後の課題であり、社会の発展の可能性があると考えています。

取材を終えてひとこと

 三宅先生の魂のこもった現場からの知見や問題提起をいただきまして、ありがとうございました。  今回のインタビューは、コロナ禍で面談・保健指導がオンライン中心になったことで、対応に苦慮していたり、従来のノウハウが生かせずに悩んでいたりするQ-station読者のヒントになればと企画しました。その答えとして、対面であろうがオンラインであろうが「準備が重要」という本質的なお話は、今後の道しるべになるものと思います。  また、コロナの影響をどのようにとらえるかという点においても、三宅先生は「スクラップ&ビルドで、せっかく古くなっていた仕組みがスクラップされたのだから、もっと良い仕組みを新しくつくり出そう」というスタンスで向き合われており、勇気をいただきました。  本記事が、職場の健康に関わる医療専門職や企業の人事労務の担当者の方々をはじめ、多くの方々の行動変容につながるヒントになれば幸いです。
東京大学未来ビジョン研究センター データヘルス研究ユニット 学術支援専門職員 上村晴子

共創者からひとこと

  1. q-station.jp said on 2021年4月22日 at 3:34 PM

     ニューノーマル時代における働き方は大きく変化し、産業保健活動においても社員面談やミーティング・セミナーなどがオンラインに切り替わっています。相談者の悩みを丁寧にヒアリングし課題解決するためには、三宅先生がお話されているオンライン面談における事前準備がとても重要であると業務を通して実感しています。

     私自身もオンライン面談に切り替わり約1年余り経過しますが機器の環境設定をはじめ、コミュニケーションスキルとしての頷き・声のトーン・相槌のタイミング・間、など当初に比べて工夫点が増えたように思います。また、産業医・看護職が従業員にとってより身近な存在となれるよう社内のイントラネットを活用し「健康相談窓口の案内」「産業医と社員の対談」「こころとからだのセルフケアtips」など随時配信を行い、産業保健スタッフが「健康メディア」となる取組みを積極的に取り入れています。

     新しい働き方において産業保健活動も従来の安全衛生活動・健康管理に加えニューノーマルな働き方にあわせた活動を推進することが求められています。「誰もが活躍できる社会の実現」を目指して新しい産業保健活動を強化・推進していければと考えています。

    ヤフー株式会社グッドコンディション推進室 竹内幸子