2026データヘルス・シンポジウム
データヘルス計画で見えた保健事業の進化―県・国保連・市町村の取組みから
(2026年3月6日開催)
令和8年3月6日(金)、東京大学未来ビジョン研究センターと自治医科大学地域医療学センターは、2026データヘルス・シンポジウム「データヘルス計画で見えた保健事業の進化―県・国保連・市町村の取組みから」を開催しました。
シンポジウムは東京大学伊藤謝恩ホールにて開催され(オンライン配信有)、都道府県や市町村、健康保険組合、民間事業者など約600名の皆様が参加されました。

挨拶
自治医科大学 地域医療学センター地域医療学部門 教授 小谷和彦
冒頭の挨拶では、データヘルス計画に日々取り組んでいる関係者への敬意が示されました。東京大学で開発された「データヘルス計画標準ツール®」を活用した取組により、事業の可視化や市町村間・企業間の比較が可能となり、これまで得にくかったエビデンスが蓄積され始めている点が強調されました。エビデンスの蓄積により、PDCAサイクルを回すこと自体が目的ではなく、質を高める手段として機能し、関係機関との連携や支援もしやすくなってきている状況が共有されました。
このシンポジウムでは、最新の知見を通じて、地域の実情に応じた保健事業が着実に進展していることを実感してほしいとの期待が述べられました。また、国保だけでなく健保関係者も含め、将来的には保険者の枠を越えてデータヘルスが一体的に進む姿を見据え、参加者とともにその方向性を考えていきたいと締めくくりました
政策動向 経済・財政新生計画(骨太方針2025)に基づくEBPMの強化―社会保障分野のEBPMアクションプラン―
内閣府大臣官房審議官(経済社会システム担当) 成松英範様
政府全体における政策立案と評価の枠組みの中で、データヘルスがどのように位置づけられているのかについて、経済財政運営とEBPM(証拠に基づく政策立案)の観点から説明がありました。政府は、経済財政諮問会議を中心に「骨太方針」を毎年策定し、経済・財政・社会保障の持続可能性を確保するため、政策の進捗管理と見直しを行っています。
骨太方針の着実な実行に向けては、改革実行プログラム、進捗管理・点検・評価表、EBPMアクションプランの三つを柱とし、政策の効果を客観的に検証しながら、いわゆる「ワイズ・スペンディング」を徹底する仕組みが整備されています。EBPMアクションプランでは、ロジックモデルに基づき、政策目標とアウトカム指標の関係を整理し、可能な限り信頼性の高いエビデンスを用いて政策効果を検証することが求められています。
データヘルスは、政府全体のEBPMの重要政策分野の一つである「年齢・性別に関わらず生涯活躍できる環境整備」に位置づけられており、予防・健康づくりを通じて健康寿命の延伸と社会保障の持続可能性を両立させる役割を担っています。特定健診や特定保健指導、生活習慣病予防の取組は、共通の評価指標が整備されている点で、政府施策の中でもEBPMに非常に親和性の高い分野であると強調されました。
政策体系では、内臓脂肪症候群該当者割合や生活習慣病リスク保有者率といったアウトカム指標を設定し、保険者によるデータヘルス計画の取組が、最終的な健康状態や医療費構造の改善にどのようにつながるかを検証する考え方が示されました。国はNDB等のデータを活用して分析・検証を行い、その結果を保険者に共有し、現場での事業運営を後押ししていく方針です。
今後は、こうしたエビデンスを政策や計画の見直しに活かし、国と保険者が相互に学び合いながら、データヘルスを政府全体のEBPM推進の中核として深化させていくことが示されました。
基調講演 データヘルスで進める「攻めの予防医療」
東京大学未来ビジョン研究センター 特任教授 古井祐司
基調講演では、予防医療を社会全体に定着させる考え方と、その成果を高める仕組みについて示しました。日本は長寿社会の進展により、働き盛り世代の健康リスク増大による生産性低下や、高齢リスク層の蓄積による医療費構造の硬直化といった課題に直面しています。一方で、データヘルスの普及により、これらの課題は「やり方次第で変えられる段階に入った」ことを指摘しました。
全国97市町村を対象とした5年間の分析から、保健事業の実施率が高いほどリスク保有者が減少し、外来受診が増えることで医療費の構造が改善し、結果として一人当たり医療費が抑制される構造を示しました。予防医療は単に医療費を削減する政策ではなく、「国民の健康状況や医療費の構造を変え得る」政策であることが、データに基づき示されました。
成果を全国に広げるためには、データヘルス計画の様式や評価指標を標準化し、共通のKPIによって効果を検証できる仕組みが不可欠です。加えて、現場に蓄積された暗黙知を科学的に評価し、再現可能な「知見」として体系化する「予防医療モデル」の構築が提案されました。
さらに、保険者・企業・個人の三層を同時に動かすインセンティブ設計の重要性が強調されました。社員の健康を人的資本として企業経営に位置づけることや、健康リテラシーを高める仕組みづくりを通じ、予防医療を社会標準とすることが求められます。攻めの予防医療は、国民のウェルビーイングと持続可能な社会保障を同時に実現する国家戦略であることを提起しました。
研究報告 保健事業における知見と成果の可視化 ―「東京大学 都道府県向けリーダーシップ・プログラム2025」の成果より―
東京大学未来ビジョン研究センター 特任研究員 中尾杏子
研究報告では、「東京大学 都道府県向けリーダーシップ・プログラム」による国保データヘルス計画標準化の取組と、その成果分析について報告しました。データヘルス計画は第3期に入り、計画策定から一歩進んで、健康課題解決に向けた保健事業の質向上と、その効果検証の段階に入っています。
本学では、都道府県および国保連合会と連携し、市町村の保健事業における工夫やノウハウを「保健事業カルテ」により明文化し、知見として蓄積・共有する取組を行ってきました。保健事業の現場には多くの創意工夫や経験知が存在しますが、それらは担当者の異動等により継承されにくいという課題があります。そこで、事業内容や体制、成果や実施率を高めるための工夫を記録・整理し、再現可能な知見として共有する意義を示しました。
令和6年度には、複数県の市町村を対象に、特定健診、特定保健指導、重症化予防事業に関する多様な工夫が抽出されました。続く令和7年度には、これらの知見をもとにアンケート調査を実施し、KDB等の実績値と組み合わせて分析が行われました。その結果、市町村の人口規模や高齢者割合などの属性に応じて、効果的な周知・勧奨方法や事業体制が選択されていることが明らかになりました。
たとえば、特定健診では集団健診における予約不要の仕組みや移動手段の提供、個別健診では実施期間の限定が受診率向上と関連していました。特定保健指導では、健診当日や結果返却時の一体的な指導、重症化予防では医療機関やかかりつけ医との結果の共有などが、実施率や成果と関連していました。
さらに、保健事業の実施状況、健康状態、医療費の関係を中長期的に評価する試みも紹介され、保健事業の実施率や改善率が高い市町村ほどリスク保有者が減少し、入院医療費の抑制につながる可能性が示唆されました。
事例報告 県・国保連合会の協創で進める市町村支援と保健事業の進化―富山県/山梨県/広島県/長崎県/大分県の事例に基づくQ&A方式―
報告者;特任研究員 中尾杏子、客員研究員 横山芳乃、共同研究員 元木愛理
事例報告では、データヘルス計画の標準化を踏まえ、保健事業の見直しや中間評価、今後のデータヘルス計画にどのように活かしていくかについて、実践的な観点からの議論を行いました。中心的な論点は、「保健事業の工夫の可視化」「インパクトモデルの意義」「都道府県をまたいだ取組の意味」「都道府県・国保連の役割」「中間評価および今後の展望」の五点でした。
はじめに、なぜ好事例集ではなく「工夫」を抽出するのかについて。現場では地域特性や対象者の状況に応じて日々多くの試行錯誤が行われているものの、それらは暗黙知として埋もれやすく、既存のデータベースには残らないという課題が報告されました。工夫を明文化し、実績データと突合して分析することで、再現性のある知見として蓄積・共有できる意義を示しました。
次に、保健事業の成果を中長期的に捉える枠組みとして「インパクトモデル」の意義が議論されました。保健事業と健康状態、医療費の関係は単純な因果関係では捉えにくいものの、複数の指標をつなげて俯瞰的に確認することで、事業の進捗と成果の方向性を把握する材料となることが指摘されました。一方で、解釈の難しさや今後の改善余地についても課題として共有しました。
また、都県をまたいだ取組の意義として、人口規模や高齢者割合などが類似した自治体同士の比較が可能になり、施策の効果検証や客観的な位置づけの確認に役立つ点が挙げられました。その一方で、データ形式の違いを揃える実務的負担や結果の一般化の難しさといった課題を提示しました。
都道府県および国保連の役割に関しては、市町村の特性や課題を把握した上での支援、属人的にならない仕組みづくり、地域特性に応じた戦略的な支援の重要性が強調されました。特に、データ収集や整備の負担軽減に向けた基盤整備の必要性が指摘されました。
最後に、次年度の中間評価・見直しや今後のデータヘルス計画の運営に向けて、個別事業の評価と計画全体の構造を併せて確認することの重要性が示されました。共通の評価指標の活用で施策の優先順位付けにつながる点、工夫の蓄積によって事業の質向上が可能になることが共有され、今後の取組の方向性が示されました。
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