学生が挑んだ「骨太方針 Student Session 」次世代が政策を“構想する側”へ
東京大学未来ビジョン研究センターは、産官学連携による「骨太方針Student Session」を開始しました。初年度は国民皆保険(医療保険)をテーマに、次世代を担う学生が政策の背景と構造を学び、自らの視点から提言を構想。2026年2月24日の最終発表会では選抜された10人の学生がそれぞれの「私の課題」から導いた提案を発表しました。
《目次》
- ・期待するのは“非常識”な発想
- ・さまざまな立ち位置や視点から「私の課題」について発表
- ・ミクロの視点で考えたことを、マクロの視点でも“点検”してほしい
- ・学生がセッションを通じて学び合った時間
- ・Student Sessionで動いた心、その先へ――学生たちの気づきと展望
期待するのは“非常識”な発想
社会課題が多様化し、国際情勢が急速に変化する現代において、持続可能な長寿社会の構築には、私たち一人ひとりが日本の現状と政策運営の方向性を理解し、共に考え、行動することが求められます。特に次世代を担う若者が主体的に政策にかかわることは、将来の課題解決のみならず、国際社会との協創においても重要です。
こうした背景のもと、東京大学未来ビジョン研究センターは学生の学びを後押しし、政策への理解を深めてもらうことを目的として、産官学連携による「骨太方針Student Session」を企画しました。参加した学生は、政府の「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる“骨太方針”を題材に、政策運営の背景や方向性を体系的に学び、日本が直面している社会課題への理解を深めた上で、自らの視点から解決策を提起します。
「骨太方針Student Session」の幹事を務める古井祐司氏(東京大学未来ビジョン研究センター特任教授)が強調したのは、「参加した高校生、大学生に期待するのは、ある意味で“非常識”な発想です。大人たちには気づくことができない “当たり前”のなかに潜む社会課題や、新たな視点から出てきた問いを突き詰め、解決策を見いだすこと。つまり、このプログラムは、次世代が政策を“受け取る側”ではなく“構想する側”に立つための試みとも言えます」
今年度は社会保障分野の「医療保険」をテーマとし、以下の構成で実施しました。
- ・第1回勉強会(政策担当者からの講義を含む);2025年11月20日
- ・第2回 グループワーク;2026年1月5日
*第2回~第3回の期間には提案内容に関する意見交換を適宜実施 - ・第3回 ワークショップ(発表会);2026年2月24日
さまざまな立ち位置や視点から「私の課題」について発表
“若者”“学生”と一言で言っても、その背景や問題意識はさまざまです。参加した学生たちは、家族の終末期医療に対する疑問や、海外留学で生まれた日本の医療に関する関心、将来の進路を通じて抱いた関心など、それぞれ異なる経験を起点に課題を見いだしていました。「日本が」「世界が」という大きな主語ではなく、「私の課題」として捉えている点に特徴があります。
参加者は、3カ月間にわたり、学習や対話を重ねながら課題を深掘りし、解決策としての提案を構想。その成果を2分間の発表に凝縮し、最終発表会に臨みました。
参加した学生たちの提案は、制度設計、教育、AI活用、医療外交、都市デザインなど多岐にわたり、個々の体験や問題意識から出発しながら、日本の医療保険制度が抱える構造的課題にアプローチする内容となりました。以下に、その一部をご紹介します。
1.高齢者の行動は変えずに、気づいたら受診している環境づくり ―老年心理学にもとづく受診原理
松戸 麻桜(東京理科大学1年)
高齢者は、重症時ほど受診を避ける傾向に着目し、老年心理学の視点から、その背景を分析。自然と受診につながる環境設計の必要性を指摘し、医療機関に相談員を配置することで、病院を「診断の場」から「安心できる場」へと転換することを提案した。
2.持続可能な医療保険制度に向けて ―医療外交官
古井 玲(女子学院高等学校2年)
国民皆保険制度の持続可能性に課題があることを踏まえて、日本の制度運営の知見をアジア諸国と共有する「Science Diplomacy」(科学技術外交)を提案。医師が「医療外交官」として国際的な橋渡し役を担うことで、制度の効率化や医療技術の発展につながる可能性を示した。
3.医療保険制度における当事者意識
中島 丞偉(一橋大学2年)
医療費増大の要因として、制度に対する当事者意識の希薄さを指摘。義務教育での健康保険制度の学習機会の設置と、マイナ保険証更新時のオンライン講習の義務化により、制度の可視化と理解促進を図る提案を行った。
4.AIによる定期的な健診の導入
林 涼夏(学習院大学3年)
医療資源の制約と予防の重要性を踏まえ、AIによる対話型の定期健診の導入を提案。時間や場所にとらわれない受診機会の提供や、データ活用による早期発見・治療の可能性を示した。
5.医療保険制度の認知向上と保険料負担の削減に向けて ―学校教育からのアプローチ
内山 隼(麻布高等学校1年)
医療保険制度への理解不足に着目し、 “社会保障リテラシー教育”の必修化を提案。医療保険制度の仕組みや健康と医療費の関係を学ぶカリキュラムと、シミュレーション学習の必要性を示した。
6.AIが出す『正解』 医療従事者の『不正解』
小杉 和可奈(国際医療福祉大学2年)
AI時代における医学教育のあり方を問い、「病気を診る教育」から「人をみる教育」への進化を提起。医学的正しさと患者の納得の間にあるギャップに向き合う必要性を示した。
*Canvaの素材を用いて本人作成
7.相互共助型医療外交の構築 ―「Science Diplomacy」 を基軸にして
佐藤 圭悟(海城中学高等学校・高校2年)
医療技術を国際的に共有しながら学び合う「相互共助型医療外交」を行うことを提案。国際連携を通じて得た知見を国民に還元し、医療への理解促進と制度の持続可能性の向上につなげる視点を示した。
8.自分の「選択」が、薬の料金を決めている?― 一人ひとりの選択が制度の持続性を左右する
近藤 真由菜(東京大学大学院博士課程2年)
患者の選択が制度全体に影響を与えることに注目し、医療保険制度に対する理解の重要性を指摘。教育を通じて「自ら選択する主体」としての意識を高める必要性を提起した。
9.延命治療の公的医療保険からの除外/本人意思確認の努力義務化
束原 瑠璃(早稲田大学1年)
家族の経験をもとに、本人意思の尊重と医療資源の配分のあり方を提起。意思確認の仕組みの整備と制度設計の見直しについて問題提起を行った。
10. 都市デザインこそ最大の予防医療
早川 薪(東京大学1年)
地域での生活体験から、健康的な暮らしを支える環境の重要性を提示。自然環境、社会的な人とのつながり、活動的な暮らしの3要素を軸に、都市デザインによる予防医療の可能性を提案した。
ミクロの視点で考えたことを、マクロの視点でも“点検”してほしい
全員の発表後には、有識者による講評が行われました。中空麻奈氏(BNPパリバ証券株式会社グローバルマーケット統括本部副会長)、成松英範氏(内閣府大臣官房審議官 経済社会システム担当)、井出博生氏(東京大学未来ビジョン研究センター特任教授)が、それぞれの専門的視点から学生たちの提案にコメントしました。
中空氏は、政策構築の経験を踏まえ、「ミクロの視点で考えた提案を、マクロの視点で捉え直すことの重要性」を指摘。提案の対象から漏れてしまう人がいないか、またほかの分野との関係性も含めて検討することで、より実効性の高い政策になると述べ、データに基づく検証の重要性にも言及しました。そのうえで、学生たちの挑戦に対し、「この国の将来に希望を感じた」と期待を寄せました。
成松氏は、政策立案の観点から、日本の医療の課題を「安心」「時間軸」「全ての世代の満足」という3つのキーワードで整理。社会保障と財政の持続可能性の両立、人口減少による担い手不足への対応、世代間のバランスといった観点から、提案をさらに発展させるための視点を示しました。
井出氏は、「医療を高齢者の問題だと考え、自分が生きていく未来の事として捉えられないのではないかという懸念があったが、いずれの提案も自分事として捉えており、建設的であった」と総括し、学生たちの問題意識の深さを評価しました。
また、ファシリテーターを務めた三宅琢氏(東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員・医師)は、「荒削りであっても、純粋な問題意識から出発した提案であったことに大きな価値がある」と、エールを送りました。
さらに、勉強会で講義を担当した宮下彩乃氏(厚生労働省)からは、「新たな視点を今後も社会に投げかけてほしい」と、学生たちへの期待が寄せられました。
学生がセッションを通して学び合った時間
発表会に至るまで、学生たちは、どのようなプロセスを経てきたのでしょうか。
第1回の勉強会では、「骨太方針」と「医療保険」に関する政策担当者からの講義とグループワークを行いました。その内容は、骨太方針の全体像や政策的背景(国際情勢、経済構造、少子高齢化、Wellbeingなど)について、尾﨑佐知子氏(内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付参事官(総括担当)付政策企画専門職)から、「医療保険制度とデータヘルス」について、前述した宮下氏から講義いただき、井出氏による 「Science Diplomacy(科学技術外交)の事例紹介」のあとに、グループワークで理解を深め、課題設定に向けた準備をしました。
第2回目は、1カ月半後の1月5日。それまでの間にあった出来事や心境の変化について共有すると、「前回の講義で学んだことから、留学予定の国の医療制度について調べてみた」「認知症の祖父に会いにいってきた」「祖母がパーキンソンの初期症状にあって、今後のことを家族で話し合った」などという声が聞かれ、高齢者や医療の問題が自分事になっていることがうかがえました。
この日は、勉強会で学んだことを踏まえて、個々が感じている課題を可視化し、アイデアを膨らませるためのグループワークを実施。それぞれの目の前にあるまっさらな用紙の真ん中に、「私は何を伝えたいのか」というコアとなるキーワードを置き、頭の中にあることを付せんに書き出して貼り付けていき、用紙が付せんで埋められた頃合いを見て、意見交換の時間に移りました。
一人ひとりの想いを語ってもらう場面では、ファシリテーターが学生が持つ課題の背景にある本質を探るうちに、本人と仲間の間にセッションが生まれ、「そもそも医療とはどうあるべきか」「どんな社会にしたいのか」という問いに発展していきました。
ファシリテーターの一人である市川太祐氏(キバロク株式会社代表取締役社長・医師)は、「解決は急がなくていいので、課題を深く掘り下げてほしい。この年代だからこその視点を大切にして、発表会に向かって!」と、学生たちの思考を後押ししました。
この日に持ち帰った未完成のアイデアとじっくり向き合い、最終日の発表会にのぞみました。
Student Sessionで動いた心、その先へ――学生たちの気づきと展望
プログラムの主役である学生たちは、何を感じたのでしょうか。最後に、発表会で語られたコメントや、後日寄せられた感想をいくつかご紹介します。
「学校も学年もバックグラウンドも違う、さまざまな参加者とかかわることができて、とても刺激的だった。自分ももっと行動して、経験値を積もうと感じた。また、国民の啓発や意識改革を国がやることの難しさを感じた」
「非常識な発想を大事にするには、学生側の立場からだけではなく、社会で働いている人たちにも議論できる場を用意して、意見を交換し合うことが必要だと考えました」
「発表会で講評をいただいたことも印象的だった。自分の提案に対して、プロの目線からコメントをもらうのは貴重な機会で、まだまだ詰めが甘かったと思った。このStudent Sessionを通して、元々興味をもっていた医療分野を、いままでにないほど深く考え、意見を交わすことで、日本の医療の未来の解像度が上がったと思う」
「高校の文化祭で歌ったら、皆に“心が揺らいだ”“感動した”と言われた経験があるのですが、このStudent Sessionで学んだ医療も、若者の目線で考えて、人の心を動かすことができたら、提言したことが現実的になるんじゃないかと思いました」
本プログラムは、次世代が政策を自らの言葉で捉え直し、社会と接続するための新たな試みとなりました。

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