働き方改革、女性活躍推進、健康経営から社会課題の解決へ―
企業の組織風土と社員の視座を高めて成長する会社に変身!
―SUNSHOW GROUP三承工業株式会社-
女性活躍推進、働き方改革、健康経営、SDGsといった新しい取組を中小企業が進めるにあたり、どのような方法をとると、その実効性が高まるのでしょうか。
今回は、かつては社員から“ブラック企業”と言われた岐阜県の建設関連企業が、いかにして劇的な変革を成し得たかをご紹介します。取り組む契機(問題意識)や推進体制、取組の継続方法、社外発信のポイントなどを、三承工業株式会社 代表取締役の西岡徹人さん、同社ブランド推進室室長の寺田有希実さんにうかがいました。

SUNSHOW GROUP三承工業株式会社について
- 本社:岐阜市水主町二丁目53番地
- 創業:1999年3月3日
- 社員数:68名※2023年1月現在
- 主な事業:新築工事・建築工事・リフォーム工事、土木工事業、管工事業等
- https://www.sunshow.jp/
主な取り組み、実績について:
- 女性スタッフ率 14%→56%
- 外国人スタッフ率 0%→10%
- 職場復帰率(産休・育休取得後)0%→100%
- カンガルー出勤(子ども連れ出勤)0%→65%
- 離職率 53%→1.6%
- 社員数 約3倍
- 役員・社員年収 1.35~2倍
- 売上 約4倍
お話をうかがった方

SUNSHOW GROUP三承工業株式会社
代表取締役 西岡徹人様

SUNSHOW GROUP三承工業株式会社
ブランド推進室室長 寺田有希実様
新しい取組の導入にあたって
新しい取組を始める際に、西岡さんが寺田さんに声をかけた背景を教えてください。
西岡:私が、エゴグラム診断という交流分析を外部研修機関で受講したことがきっかけでした。私の診断結果は「父性が強い」タイプ(自分にも他人にも厳しく頑固おやじ的な要素が強い)で、研修講師から「ピリつくような空気を社内につくってしまっていて、社員が疲弊している可能性が高い」と指摘されました。実際に、その頃の当社はハラスメントや高い離職率といった問題を抱えた、いわゆるブラック企業でした。その状況を改善するには「母親的な部分が強い」タイプの人材を風土改革などのリーダーにして、父性と母性でバランスを取るのが良いと聞きました。そこで、社員にも同じ研修を受けてもらって、「母親的な部分が強い」タイプに最も該当した寺田さんを担当者に選びました。
担当者を選定する前は、職場環境の改善や風土改革に関して私一人で頑張っていたわけですが、まったく成果が上がらず、むしろ社員の反発を生んでいました。業務超過も相まって脳梗塞に罹り、入院するはめに。やはり一人では無理だと痛感し、退院後、改革の糸口になり得ると期待した寺田さんに、「(職場環境づくりの)リーダーになって助けてほしい」と懇願しました。
寺田さんの人材育成という目的もあったのでしょうか。
西岡:人材育成は、まったく視野に入っていませんでした。なぜなら当社の職場環境や風土が底辺の状況だったので、それどころではなかったからです。しかし結果的に、寺田さんは自ら活躍の場を広げ、誰よりも成長してくれました。元々、アルバイトの事務職でしたが、現在は正社員・管理職として、様々な取組をけん引し、当社における人材育成の一端も担ってくれています。
担当者の選定や、選定時の最初の声かけに悩む経営者も少なくないようです。失敗されたご経験もあるのでしょうか。
西岡:取り組み当初は、失敗ばかりでした。それまで偉そうにしていた自分が、ひたすら「助けてくれ」と懇願したところで、寺田さんは私を信じられなかったかもしれません。
その頃、私は民間の研修機関でコミュニケーションスキルなどを、青年会議所で組織運営・チームビルディングなどを学び、地域・日本・世界を舞台に活躍していこうという気概のある経営者たちと知り合いました。そこでは「現状把握と計画すること、そして経験を積み重ねること」の重要性に気づき、研修時に策定したビジョンを寺田さんに示しました。「僕は、こんな会社をつくりたい」「社員と社員の家族を幸せにしたい」と、プロポーズばりに(笑)。寺田さんはその熱意を受けとめてくれて、ようやく「やってみます」と言ってくれました。
寺田:社長は、ビジョンを語るだけでなく「こういう会社にしていきたい」ということを行動でも示してくれました。毎日誰よりも早く出社して掃除するといったことなどです。正直に言うと、声をかけられる以前はコミュニケーションがまったくなく、威圧感がものすごかったので、社長はただただ怖い存在(笑)。ですから、社長が本音をあかしてくれた時は嬉しかったですね。反面、アルバイトで事務職の自分に改革や環境づくりができるのか、と。当時は2人目の子供を出産するタイミングでしたから、仕事を続けることに迷いもありました。すると社長が「僕は会社を本気で変えたい。いろんな改革を行いたい。だから寺田さんは、子供を会社に連れてきてくれたらいい。それも社員の意識が変わるきっかけになる。一緒に変えていこう!」とおっしゃって。子連れ出勤と言われても想像できなかったのですが、そんなことをさせてもらえる会社はほかにないと思い、挑戦してみることにしました。ちなみにそれが、当社で現在運用している「カンガルー出勤(子連れ出勤)」の発端です。
ビジョンを語ることと行動で示すことをセットで行うことは、重要なポイントかもしれませんね。寺田さんは、ご自身の通常業務(事務経理)と働き方改革などの新しい業務の両立をどのようにされたのでしょうか。
寺田:大前提として、子供連れ出勤を勧めてくれた社長に恩返しをしたい、少しでも役に立ちたいという気持ちが原動力でした。「会社を良くしていきたい」と社長に言われて、「でも、いい会社ってなんだろう?」と。そんな時、社長から「岐阜県ワーク・ライフ・バランス推進エクセレント企業という認定制度があるが、うちも取得できないだろうか」といった話がありました。その頃の当社は、とても認定取得できるレベルではなかったものの、「他社にできて、うちができないのはなぜだろう」「やってみなければわからない」と、認定取得に向けて取り組み始めました。できるかできないか、それだけでもはっきりさせたい、一つでいいから結果を出したいと思って、残業を抱えながら通常業務との両立を図りました。かなり忙しかったのですが、職場の女性社員も手伝ってくれまして。その様子を見た社長が、「職務分掌を洗い出して、外部に任せられる仕事は外部に委託したほうが効率的」とアドバイスしてくれました。すべて社内で行うものと思っていたので、目からうろこが落ちたようでした。そこで、社内で行うべき業務と外注できる業務を切り分け、仕事内容を整理しつつ、本来業務と改革業務を並行して行っていきました。
「職場の女性社員も手伝ってくれた」とありました。寺田さんはどのように周囲に声かけをしたのでしょうか。
寺田:当社には、女性活躍推進や働き方改革における様々な課題を洗い出す「チーム夢子」という委員会があります。これは、私が一人で悪戦苦闘していた時に、同僚が声をかけてくれたことがきっかけで立ち上がったものです。そこから協力してくれる仲間が2人3人と徐々に増えていきました。初期の構成メンバーは職場の同僚に限らず、男性社員の奥さまや協力業者会のメンバーの奥さまなど、社外の方々も参加してくれていました(現在は、社内メンバーのみで構成)。ですから、私から声かけをしたというよりも、見かねた周囲の仲間が手を挙げて協力してくれたという流れです。
その委員会でまず検討課題となったのが、社内コミュニケーションの不足でした。社長の働きかけで外部講師を招き、コミュニケーション研修を受けました。研修を通じて、そもそも各自が職場の仲間に興味や関心を持っていないということが判明。また、コミュニケーションを深めるには共通体験・共通認識・共通言語が重要であると教えてもらい、コミュニケーション不足解消と共通体験などを増やす目的で、各種レクリエーションを実施しました。そのおかげで仲間への興味や関心が増し、部署以外での交流が広がり、仕事をする時も部署の垣根を超えて、互いに助け合うような風土ができていきました。
ですから取り組み当初は、仲間をつくろう、増やそうとして行ったわけではなく、日々のコミュニケーションを深めていったら、仲間も増えていったという感覚です。

寺田さんが困った時、社長はいろいろとサポートしてくださったようですね。
寺田:取り組み始めの頃は、私が困った顔をしていると社長が気づき、よく声をかけてくれました。私も遠慮なく、「困っています。ちょっと教えてください」と、社長に相談するように。そんな時は、専門家などと必ずつなげてくださいました。そのように、社長が率先して社員とコミュニケーションを取るようになったことで、各部の部長などの管理職層も、その行動をまねして、メンバーに対して細やかに目配りするようになりました。
管理職の方々の考えや行動も変わったのですね。
寺田:最初の頃は、風土改革をやるというと、皆さん猛反対でしたが(笑)。取り組み当初のノー残業デーの実施にあたっては、「定時で帰った後、誰がこの仕事をやってくれるのか」「残業代が減ると給料が減る」と言われ、反対する社員と言い合いになったこともしょっちゅうでした。本来は社員のためを思って行っている改革でしたが、当時の私はその理由を明確に説明できず、自分たちのためだと理解してもらうことができなかったのです。社長と一緒に会議に参加するようになって、段々とビジネススキルを高め、自分がすべきことも学んでいったように思います。今では、猛反対していた社員の方々も「改革してくれてありがとう」と感謝してくれています。
社員の皆さんに、「自分たちのためだ」と理解してもらうために、伝え方を工夫されたことはありますか。
寺田:例えば、イメージが持てなかったカンガルー出勤(子供連れ出勤)について、海外における女性の働き方に関するパンフレットを社長が持ってきてくださるなどして、ヒントをもらいました。ほかの施策においても、社内で解決できない場合は、外部の専門家などとつなげてくださり、学びの機会をもらっています。そうした学びを共有する場は、始めの頃は朝礼の場であったりしました。現在はコミュニケーション、SDGs、働き方改革、女性活躍など、社員が様々な分野を各自担当し、新たに得た学びをプレゼン形式で社内共有するといった場に変化しています。人に伝え、共有することで自身の知見も深まります。
施策の継続について
働き方改革や健康経営といった取組を進めていくと、「次は何をしようか」と内容に困る場合もあるのではないでしょうか。
寺田:当社の場合、前述のとおり「チーム夢子」という社内の課題を洗い出す委員会があり、1か月に1~2回のペースでミーティングを行っています。就業規則、新型コロナウイルス対策と常に課題はあり、逆に取組が追いつかない状況です。ですから「次は何をしようか」と困ることがありません。厚生労働省の女性活躍推進のえるぼし認定、くるみん認定など、社長からも「次はこれをやろうか」という意見をいただくので、取り組むべきことは途切れませんね。
課題を見つけるところから社員皆さんで行うため、社員目線で見つけた課題の数だけ、取り組みの数も増えていくのですね。
西岡:順番で言うと、まず私が女性活躍推進や働き方改革などに関する情報を集めてきて、課題として「チーム夢子」に渡しました。その次にSDGs――カーボンニュートラルなどの環境関連・人権ジェンダー関連の情報や課題を、やはりチーム夢子に提示しました。そのように、社内レベルの課題解決にとどまっていたチーム夢子の視座を、地域レベル、国レベル、そして世界レベルへと徐々に引き上げて、そこから自分たちが取り組むべき課題を見つけてもらっています。
当社では現在、SDGs・地域社会と向き合う夢子プロジェクトというものを実施しており、社内の女性たちが社会のインディケーター(指針)と向き合って、全社を対象にプレゼンする場を年4回設けています。社会課題について、ビジネスを通して解決していこうという独自の仕組みです。報告の場が必ずあるため、何らかの成果をきちんと出さなくてはならないですし、「飽きたからやめた」ができない仕組みになっています。
寺田:みんな、高い使命感を持って取り組んでいます。
チーム夢子のメンバーは、どのように決まるのでしょうか。
寺田:当社の委員会活動は、チーム夢子のほかに、カーボンニュートラル委員会や理念委員会(新入社員が社風などについてしっかり1年学ぶための委員会)など多数あります。専務と協力して委員会のメンバー表を作成し、社員一人ひとりを各委員会にアサインしています。ですから、チーム夢子のメンバーも現在は入れ替わりがあります。なお、これらの委員会活動は部署の垣根を超えて行いますが、「就業時間内に行うこと」をチーム夢子で取り決め、業務の一環として実施しています。
社内の取り組みの発信についてうかがいます。例えば、岐阜市男女共同参画優良事業所の認定や、岐阜県子育て支援エクセレント企業の認定について、地元メディアを通じて外部へ発表されております。発信の担当社員がいるのでしょうか。または、市町村等の自治体や地元メディアからの取材依頼を受けるのでしょうか。

西岡:最初は私自身が発信者で、そのあとは寺田さんに発信してもらっていました。現在はまた別の社員が、広報として発信しています。私がはじめた理由は「世のなかの方々に、当社と当社の取り組みを知ってもらいたい。そして社会に認めてもらいたい」という思いがすべて。発信してメディアに取り上げられるようになると、社員だけでなく、その家族も喜んでくれました。家族も喜んでくれることが、社員みんなの生きがい、やりがい、働きがい、誇りになっているようです。社外から勧められたからやったのではなく、当社社員自らが取り組み、それを誇りにしたいから、発信の機会を積極的につくっています。近年は、SNSでも取り組みを発信しています。それを見たたくさんの方々が、「この会社で働いてみたい!」というコメントを寄せてくれますし、そうした情報発信をきっかけとして、当社に興味を持ち、入社してくれる方も出てきています。
寺田さんは、入社時には予想できなかった仕事をたくさん任されていると思います。振り返ってみて、ご自身が成長したと思う点を教えてください。
寺田:アルバイトの事務職として経理担当をしていた頃に比べると、本当に幅広く仕事をさせてもらっています。東京大学と健康投資推進協議会との共催シンポジウム(2023年2月14日開催)に呼んでいただき、自分たちの取組を発表することが誰かの役に立つとは考えたこともありませんでした。
西岡:彼女は入社時、社内の朝礼で満足に話すこともできなかったほどですよ(笑)。

寺田:当時は、会議に出て発言すると、「なんかずれてますね」と言われました(笑)。会議の進め方、発言の仕方、プレゼンの仕方などを、社内の様々な会議・部署とかかわりながら、少しずつ身につけてきたと思っています。女性が管理職に就く意味、若手社員の育成・指導などについても、自分なりの答えや方法を見出せるようになりました。2022年から政府のSDGs推進本部運営支援業務(2023年3月完了)を当社が受託し、担当者としてチャレンジさせていただいています。自分が暮らす町しか見えていなかった私ですが、国のことを考えるという大きな仕事です。本当に幅広い仕事に携わることができていて、ビジネスパーソンとして、大きく成長できたと思っています。
西岡社長は、担当者の選定当時、人材育成の観点はなかったとのことでした。しかし、寺田さんの活躍や成長は、社長の期待を大きく上回ったのではないでしょうか。
西岡:寺田さんがこれまで成し遂げてくれたことは、一言では表せません。当初、このままでは会社は倒産すると考えていました。売り上げは伸びない、社員はどんどん辞めていく……もう終わったな、と。そんな会社がN字回復し、急成長できたのです。今は、寺田さんを含めた社員全員が各自に提供されたOpportunity(活躍・成長の機会)をしっかりと受けとめて、自らの力で乗り越えて成果を出し、成果を出した後は、そこでの学びを自分のなかにとどめず次の人に教えるといったサイクルができあがりました。寺田さんは、まさに「機会を与えてもらう側から、与える側になった」と言えます。これほど大きな成長はないでしょう。
今後の展開について
今後、どのような取組を行っていかれますか。
寺田:私は当社において、常に新しい施策にチャレンジする担当者でした。自分では成し遂げることが難しいと思っていても、仲間の協力のおかげで、新たな道を切り拓いてくることができました。これからの次のステップについても、あがきながら挑戦し続ける私の姿を、次の世代にどんどん見せていきたいです。そして若手社員が、私を飛び越えて成長していってくれることを期待しています。

西岡:当社は寺田さんを含むチーム夢子の挑戦のおかげで、風土改革から女性活躍推進、働き方改革、SDGsと、少しずつ視座を上げながら、社員の「精神的」「肉体的」「社会的」健康を実現するための課題に向き合ってきました。ビジネスモデルの観点でも、岐阜の一土木作業会社だった当社が、世界的な社会課題を解決する会社へと変容しました。まさに社員の成長とともに、会社のありようも変わってきたわけです。これからも社員の視座が上がることで、想像し得なかった挑戦を行っていけると思います。そうした新たなチャレンジに、社員が安心して臨める環境を継続的に提供していきたいと考えます。
私個人としては、寺田さんのような「与えてもらう側から、与える側になれる人」を、社内のみならず全国で100人・100企業つくっていきたいという夢があります。健康投資推進協議会といった団体の立ち上げも、その一環です。現在、その到達度を100とすれば、まだ5程度。自身のライフワークとして、これにも挑戦し、志の高い仲間を増やしていきたいと思います。
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