経営者による先駆的な健康経営・SDGsの取組が、社員の外向き志向を促す
そして、自社の取組を発信できる人材の育成へ―
―福島県の健康経営・SDGsを牽引する東陽電気工事株式会社ー
「健康経営」「SDGs」といった新しい取組を社内に導入し定着するための工夫や、社員の巻き込み方はどの中小企業においても課題となっています。また、これまではその取組に参画した社員の意識や行動がどのように変わるのかも明らかになっていませんでした。
福島県新白河の東陽電気工事株式会社は、ブライト500創設当初(2021年)より、この認定を受け続ける社員10名の会社です。「健康経営」「SDGs」を積極的に導入し、新卒および熟練技術者の確保につなげています。
今回は、東陽電気工事株式会社 社長の石川さんに、経営者の視点より、健康経営等の導入から、取組を人材育成につなげる手法まで、お話をうかがいました。

- 本社:福島県西白河郡西郷村字道南西85番地
- 設立:1965年7月1日
- 社員数:10名
- 主な事業:電気・電気通信・消防設備工事
- ・健康経営アドバイザーの取得
- ・2022年健康経営優良法人ブライト500に認定
- ・自販機の設置(健康づくりと収入源の両立)
- ・定期健康診断
- ・外部講師によるセミナーの受講 など
- ・近隣の事業所と民間サービス(健康経営ゲーム)の共同利用
- ・福島県「元気で働く職場」応援事業への参加 ※2020年度まで
- ・福島県「健康経営支援プログラム」への参加
- ・福島県 県南保健所主催 県南地区30、40社へ、取組の失敗事例・成功事例を発表
- ・中小企業家同友会で毎月約30社(140社中)と情報交換
- ・近隣の事業所とSDGsフェアを開催(2022年11月19日)
お話をうかがった方

東陽電気工事株式会社
代表取締役社長 石川格子様
社員にとって自然に健康を取り入れられる環境をつくる
健康経営を始めたきっかけを教えてください。
実は健康経営を知る前から、社内で健康についての取組を始めていました。2018年頃、当時、健康経営優良法人認定の認定数が少ないということで、経済産業省から申請案内メールが来たのですが、そのメールの中で健康経営という言葉を初めて知りました。
最初は、健康と経営は別物なのに同じタームになっていることに違和感を感じましたね。(笑) でも「これはもしかしたら社員の健康がよくなると経営がよくなるということなのかな?」と関心をもったのです。そして、もしかしたら5年後、10年後に沸騰するワードかもしれないという予感がしました。
2018年から5年が経ち、さまざまな健康経営の実践をされてきたと思います。振り返って「うまくいったな」、あるいは「これはうまくいかなかったな」と思うことはありますか?
うまくいったことは、社員の生活の中で何かを「置き換えする」という取組です。
たとえば、野菜を摂るために野菜を食べるのはなかなか難しいかもしれませんが、かわりに野菜ジュースを飲むようにする、といった置き換えをしていきました。
逆に、「新しく取り入れる取組」はうまくいきませんでした。たとえば運動をするために運動の時間を新たに作るといった取組です。つまり今の生活から何かが変わってしまうというプラスアルファの取組は定着しにくいということです。
ですから、取組を考える際には、普段の生活の中の何かを置き換える、をキーワードにしています。
会社生活の中に無理なく健康の要素を入れる、ということですね。具体的にどのように健康の要素を入れていきましたか?

最初は、民間企業の食事サービスを導入してバランスのよい食事の提供を試みました。しかし年間50万円という負担がかかり、業績によっては厳しい出費となります。また、最初のうちは社員も目新しさで食事サービスを活用していましたが、だんだん飽きがきて継続が難しいという側面もあり、金額と効果の面からこのサービスはやめてしまいました。
そこで、普段の会社生活の中に健康の要素を取り入れることを考えました。
現場作業から帰ってきて車を停め、事務所に入る途中のスペースに自販機や冷蔵庫を設置し、冷蔵庫には野菜ジュースを入れておくようにしました。自販機は大塚製薬のソイジョイ、カロリーメイト、ボディメンテなどの健康食品を意識して設置しました。
朝食を食べられなかった朝でも、カロリーメイトだけでも口に入れて現場に向かったり、事務所との出入りの時に野菜ジュースを手にしてくれるようになりました。
こういった自販機や冷蔵庫を取り入れたことで、社員がコンビニで朝ごはんを買うことが少なくなりました。コンビニで朝ごはんを買うと、魅力的な商品が多く、どうしても余計な商品まで買ってしまいがちです。コンビニで余計なものを買わなくなったことで健康にもお財布にもやさしく、時間も効率的に使えるという意外な効果がありました。(笑)
自販機は会社で費用負担がかかっていない取組ですが、一番効果が出たな、という感想です。
職場の動線を活用する以外に、社員の方々が取組んだイベントがあるとうかがっています。社員全員で「一緒にやろうよ」という雰囲気はどのように作りましたか?
まず、新しいイベントを始めるときは、就業時間内に取り組むように心がけました。
時間に対する考え方はそれぞれの世代で違います。自分は参加したくないのにどうして就業時間外にわざわざやらなければいけないのか、というように感じてしまったらうまくいかないと思い、時間をかける取組は8~17時の当社の就業時間内に行うようにしました。
また、社員が参加する行事と抱き合わせで健康の要素を取り入れるようにしています。全社員が集まる年1回の会社の経営方針発表会で、健康に関するセミナーや運動プログラムを組み込むといった方法です。
わざわざ「健康経営をやります」と言うと、社員は「え?」と身構えてしまいますので、普段の就業時間内の生活やイベントと抱き合わせた形で、職場の一体感を高めながら進めています。
人生100年時代に長く働くために、健康を意識してもらう
健康経営を導入する際、石川社長は社員に対してどのようなメッセージを伝えましたか?

実は社員に対してはっきりと「健康経営をやりますよ」と言ったことはありません。
知らない間に会社が取り組んでいて、新聞にも会社のことが取り上げられているけど、「健康経営」ってなんだろう?って思っていると思います。(笑)
知らない間にみなさん巻き込まれていたという感じではないでしょうか。
「健康経営をやりますよ」とは伝えていませんが、社員のみなさんに伝えているのは「長く働いていいですよ」ということです。現在の社員は40代~60代が中心ですが、私たちの業種は65歳以上になってもできる仕事です。一応、会社の定年は65歳ではありますが、定年後雇用を積極的に行い、希望があれば長く働いていいですよということをお話ししています。
特に今の60代や70代は仕事を中心に生活してきた世代です。定年で生活の中から仕事がなくなったとき、ほかにやることをわざわざ「探す」ことになる。人生100年時代になってきたとはいえ、定年後に新しい生きがいを探すのは簡単なことではないでしょう。人生の中、生活の中でひとつの居場所をつくるという意味も込めて、「65歳の定年を過ぎても引き続き雇用するので、安心して仕事をしてください。そして65歳以上でも働ける人材になるには、健康じゃないと仕事を続けることができませんよ」と伝えています。
では、健康をどうやってつくっていくのか。仕事の時間以外のお休みの日や家族サービスをしている中で改めて健康づくりに取組むのは難しいものです。
ですから日頃の仕事の生活の中で自然に取り入れられる健康の取組を、会社の時間の中でしていきましょうね、というメッセージを伝えています。
ベテラン社員に強く伝わるメッセージですね。一方で、若い社員にはどのようなメッセージを伝えていますか?
健康なうちは健康に関心がないものですが、若い人でも早いうちに親の介護が始まったり、若年性の更年期障害が始まるといったリスクがあり、健康が大切であることを伝えています。
また、これから就職活動をする世代に向けては、結果的に会社の宣伝となっている部分がありますね。私たちの会社は他の企業とは違い、先進的な取り組みをしているんだ、というブランド意識を感じてもらいます。採用活動時にも健康経営の取組を紹介し、他の会社とは異なることを伝えています。
今の若い社員は新聞を手にとりませんが、SNSはよく見ています。ですので、新聞に出た会社の報道を改めてSNS上に発信して若い世代の目に触れるようにしています。SNSで自分の会社の名前を見ることで、働いている会社が世の中で注目されている会社なのだということを感じてくれます。
その一方で、彼らの親はまだ新聞などを読む世代です。自分の子どもが勤める会社がメディアに取り上げられることで、健康経営をはじめ積極的にいろんな取組をしている会社なんだな、という親世代への理解にもつながっていると感じています。
若い社員が会社を誇りに思う、それも健康経営の効果のひとつですね。そのほかの取組では、地域のステークホルダーと連携しながら実施されているとうかがっています。

今年から健康経営を広めるための企業向け講演の活動をしています。先日、民間企業の健康経営ゲームの講師の資格も取りました。こういった場で、健康経営はどこから始めればよいか?という質問から他企業さんとの交流が始まることもありますし、一緒にやりませんかという話につながることもあります。
健康経営は今、福島県をあげて、やっと広がってきたところです。そのため、新しい取組を一緒にやりましょう、という声も多くなっています。私も自社でやっていることを社外の方々にお教えするのは苦ではないので、違う事業者との協力も増えています。
他社と組んで取り組むと、社長同士のつながりができるだけでなく、同業他社の社員同士のつながりもでき、これがとてもよい効果を生み出しています。お互いに愚痴をいったりすることもあるようですが、いい取組の情報交換もできるのです。直接的に売り上げにつながるという目に見えた効果はありませんが、健康経営という視点だけでなく、特に人の育成の情報交換は有益だと感じています。
また、自社のことを他社の人に発信する機会が増えると、話すために自社のことをもっと知りたいと思うようになる。そして、「健康経営って実際に何をしているんだっけ?」と社内の取組を見返す機会にもなります。
こういった社外とのつながりがなければ、社員が自分で会社のことを外の人に話す機会は少ないものです。話す機会が増えることで社員本人の自信や、会社の所属意識の向上につながります。
他社とつながりをつくるために、意識されていることはありますか?
他の企業さんと協力して地域をよくしていきたいのであれば、最初に自社の取組をお話しすることが近道だと思っています。地元では、まだまだ自分たちの取組や戦略を話したがらない会社が圧倒的に多い。そのなかで私が自社の話をすると、「そこまで話してしまっていいの?」と言われることもあります。
ここ2,3年で健康経営の方法を聞きにくる方も増えてきて、そのような会社さんは当社のノウハウを真似て自販機を導入されることもあります。また、健康経営優良法人認定の取得に取り組む企業は白河で10社くらい増えました。
中小企業家同友会などで、経営者同士で、毎月いろんなお話しをするとうかがっています。最近はどのようなトピックスが話題になっていますか?
人材不足と人材育成ですね。人材というキーワードが一番響きます。
人材不足の解消に向けて何をしなければいけないのかという切り口から、健康経営、SDGsに話題が流れていきます。
たとえば、人材育成で最も大切なことは、実は会社に入る前の採用期間に会社の中のことをどれだけわかってもらえるかだとお話しています。つまり入社してからのギャップを事前にどれだけ解消できるかが、その後の育成スピードに関わってくるということです。そこで入社前に会社の風土を知ってもらうための方法として、入社前の学生に会社で企画したSDGsのイベントに参加してもらうといった当社の事例をお話ししています。
中小企業家同友会では、各地域でお話しする機会をいただき、同友会以外でも年間10回くらい登壇する機会があります。人材に限らず社風のお話にしても、いろんな切り口で健康経営やSDGsの話題は必ず出てきます。各社の課題に合わせながら、できるところから健康経営やSDGsをやってみよう、と目を向けていただけるようにお話ししています。
SDGsは地域の企業とともに取り組み、みんなで考える土壌をつくる
SDGsへの取組はどのように始めましたか?
昨年から、SDGsの取組を本格的に始め、HPをリニューアルする際にはその取組を掲載する予定です。
SDGsに取り組んだきっかけは、小学校1年生の娘の教科書でした。1年生の教科書にSDGsの内容が載っており、今は小学校からSDGsを勉強するのかと衝撃を受けました。
自分たちもSDGsをわかっていないなと思い勉強し始めると、今度は情報が多くて錯綜している。でも、福島県としてもこれからSDGsは盛り上がってくるだろうと思っていました。会社として取り組みたいけれど、これは1社だけではできない。そう思っている家族経営の会社さんも多いのではないかと思い、SDGsイベントを企画して10社ほどに声をかけました。断った会社さんは1つもありませんでしたね。各社のSDGsの取組を紹介するイベントを2022年11月に開催しました。
早速、このようなイベントを開催した背景には、私のこだわりがあります。私は失敗しようが成功しようが、1番というキーワードを大事にしています。結局、2番だと注目されないので、1番最初にやる、ということです。
限られた予算の中でチャレンジしていくのは人材育成にもつながっていきますし、こういったことに取り組んでいく企業の風土もイベントを通じてみんなで共有できます。

イベントではSDGs17項目すべてに触れるところはこだわった。
参画企業は地元企業10社。来場者は500名にものぼった。
SDGsに取り組む際に、社員の参画意識を高める工夫はされましたか?
当初は、私もSDGsを十分に理解していませんでした。社員にとっても内容が難しい印象があり、セミナーをしたらきっと眠くなると思いました。そこで、社員に対して、まずは楽しい取組に参加していると感じることに重きをおき、イベントを手伝ってもらいながら、SDGsの要素についてひとつでも意識が高まればそれでいいというところにゴールを置きました。ポイントは、参画のハードルをなるべく下げて、イベントを手伝ってもらったということです。
イベントは社員の休みの日でしたが、この時はみんなに手伝ってもらいました。今年の4月から入社する高校生4名にもボランティアで運営チームに入ってもらい、入社前に社内の人と一緒に取り組む機会を設けました。
参加してくれた社員は、SDGsの内容まではあまりわからないけど、やらなければならない内容だということはわかった、というのが正直な感想でした。お金をかけないと取り組めないこともある中で、お金をかけなくてもできることがたくさんあることがみなさんの気づきになったようです。
事業継承から10年。会社生き残りのための試行錯誤を経てたどり着いた健康経営
健康経営やSDGsなど新しい取組を受け入れる社風はどのように作ったのでしょうか。
実は当社は長い間、事業承継の問題と対峙していました。
約10年前に父から事業承継してから、私自身、会社を変えたいという意識を強く持ってきました。今までの古いやり方ではこれからの時代に通用しないし、技術を磨いていくだけでは会社は続いていかない。違う方向に舵を切るためにさまざまな新しい取組に着手しましたが、結果、社員の賛同を得られずたくさんの人が辞めていく、という時期がありました。就業規則を整備し、年功序列の給与から技術能力重視の給与体制に変えたのですが、これに理解を得られない社員が去っていき、会社の雰囲気も悪くなりました。
しかし会社の将来のためにはここを乗り越えなければならないと考え、さらに新しい情報を外部のセミナーなどで取り入れ、社内で取り組めるかどうか検討していきました。当時は相談できる社員も限られていましたが、彼らは新しいことも取り入れていかないと会社の存続が危ういということを理解してくれていたので、失敗してもやってみようと小さな取組をたくさんやりましたし、失敗したものはどんどん捨ててきました。
その後から入社した人たちや辞めないで理解してくれた人たちが残ってくれたことで、新しいことに取り組める風土ができてきました。その風土の中で、今いる社員と試行錯誤し学びながら、健康経営やSDGsの取組が形になってきました。

10年かけて培ってきた会社をこれからどのようにしていきたいとお考えですか?
会社のことを話せる社員、会社の利益についても積極的に話ができる社員が増え、私がいなくても動く組織を目指しています。ここでお話ししたような内容を、社員が8割くらい話せるようになると理想的ですね。社員が外部に発信できるようになれば、私はまた違った方向にアンテナを広く張ることもできます。
そのためにも、社員一人一人と腰を据えて語るアナログな時間をつくることが大切です。「思いを伝えるためにはアナログが大事だね」、という時代がまた来るのではないかと思っています。

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